はじめに
神経発達症(発達障害)の診断と支援において、客観的なアセスメントは不可欠である。信頼性の高いアセスメントツールを用いることで、目に見えにくい発達特性を可視化し、個々の強み(strength)と弱み(weakness)を把握することが可能となる。これにより、的確な診断のみならず、一人ひとりに最適化された支援計画の立案が可能となる。
本稿では、厚生労働省の平成24年度障害者総合福祉推進事業で示された「おもなアセスメントツール」の中から、特に代表的な6つの発達検査・知能検査について解説する。このうち、「新版K式発達検査」、「Bayley™-III乳幼児発達検査」、「ASQ-3(Ages and Stages Questionnaires, Third Edition)」は2歳未満の乳幼児にも適用可能であり、1歳半健診などを契機とした早期介入の場面においても有用である。
1. 主要な発達検査・知能検査6つの比較一覧
以下に、本稿で解説する6つの評価方法の概要を一覧で示す。
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検査名 | 対象年齢 | 実施時間(目安) | 主な評価領域 |
---|---|---|---|
WISC-V知能検査 | 5歳0ヵ月~16歳11ヵ月 | 45分~ | 言語理解、視空間、流動性推理、ワーキングメモリ、処理速度 |
田中ビネー知能検査 | 2歳~成人 | 60~90分 | 知能(IQ) |
新版K式発達検査 | 0歳(生後100日)~成人 | 15分~60分 | 姿勢・運動、認知・適応、言語・社会 |
Bayley™-III乳幼児発達検査 | 生後16日~3歳6ヵ月 | 50分~90分 | 認知、言語、運動、社会-情緒、適応行動 |
KABC-Ⅱ | 2歳6ヵ月~18歳11ヵ月 | 30~120分 | 認知尺度(計画・継次・同時・学習)、習得尺度(語彙・算数・読み・書き) |
ASQ-3 | 1ヵ月~5歳6ヵ月 | 10~15分 | コミュニケーション、粗大運動、微細運動、問題解決、個人-社会 |
2. 各発達検査・知能検査の詳細解説
2-1. WISC-V知能検査 (Wechsler Intelligence Scale for Children - Fifth Edition)
- 概要
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- 対象年齢
- 5歳0ヵ月~16歳11ヵ月
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- 実施時間
- 約45分~
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- 評価領域
- 5つの主要指標(言語理解、視空間、流動性推理、ワーキングメモリ、処理速度)から構成される。
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- 特徴・メリット
- 幅広い子どもを対象に適用可能で、総合的な認知能力を多角的に評価する。
- 同年代における知的発達の位置づけを把握するとともに、指標間のばらつき(ディスクレパンシー)から個人の認知特性、得意・不得意な領域を詳細に分析できる。
- 実施上の注意点
- 単に全検査IQ(FSIQ)の数値を求めるだけでなく、各指標得点の個人内差を解釈し、支援に繋げることが極めて重要である。
2-2. 田中ビネー知能検査V
- 概要
-
- 対象年齢
- 2歳~成人
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- 実施時間
- 約60~90分
-
- 評価領域
- 知能(IQ)
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- 特徴・メリット
- 日本国内で広く用いられている代表的な知能検査の一つである。日本の文化や生活様式を背景とした問題構成となっている。
- 幅広い年齢層に適用可能である。
- 実施上の注意点
- 最新版の「V」では、14歳以上は偏差知能指数(DIQ)を算出する。
- 算出された数値だけでなく、検査中の子どもの解答プロセスや行動を詳細に観察することが重要である。例えば、文章の記憶が不得手な場合、その要因が記憶力にあるのか、聴覚的理解の困難さにあるのかなど、背景を多角的に考察する必要がある。
2-3. 新版K式発達検査
- 概要
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- 対象年齢
- 0歳(生後100日)~成人
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- 実施時間
- 約15分~1時間程度
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- 評価領域
- 「姿勢・運動(P-M)」、「認知・適応(C-A)」、「言語・社会(L-S)」の3領域で評価する。
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- 特徴・メリット
- 日本で開発された検査法であり、乳幼児から成人まで非常に幅広い年齢をカバーする。
- 発達の3領域をバランスよく評価でき、結果は発達指数(DQ)として算出され、プロフィールを描画することで視覚的に発達の様相を把握しやすい。
- 神経発達症のみならず、知的障害や運動障害のスクリーニングにも活用される。
- 実施上の注意点
- 単に課題の通過(+)・不通過(-)を記録するだけでなく、子どもが課題にどのように取り組み、問題をどう解決しようとしているかを観察し、記録することが求められる。
2-4. Bayley™-III乳幼児発達検査 (Bayley Scales of Infant and Toddler Development, Third Edition)
- 概要
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- 対象年齢
- 生後16日~3歳6ヵ月
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- 実施時間
- 12ヵ月未満は約50分、13ヵ月以上は約90分が目安。
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- 評価領域
- 「認知」「言語(受容・表出)」「運動(粗大・微細)」に加え、保護者への質問紙により「社会-情緒」「適応行動」を評価する。
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- 特徴・メリット
- 乳幼児期の発達を総合的に評価する検査として国際的なゴールドスタンダードと位置づけられている。発達の遅れや神経発達症の早期発見、ハイリスク児の経過観察に特に有用である。
- 繰り返し実施が可能であり、介入効果の測定や長期的な発達の追跡に適している。
- 国際的に広く使用されているため、海外の研究データとの比較が可能で、臨床研究にも活用しやすい。
- 実施上の注意点
- 子どもの状態に応じて下位検査の実施順序を柔軟に変更するなど、被検者に配慮した実施が求められる。
- 単に発達の遅れを発見するだけでなく、結果を基に具体的な介入・援助計画を立案するための情報を得ることが本質的な目的である。
2-5. KABC-Ⅱ (Kaufman Assessment Battery for Children, Second Edition)
- 概要
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- 対象年齢
- 2歳6ヵ月~18歳11ヵ月
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- 実施時間
- 約30~120分
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- 評価領域
- 認知処理過程(計画・継次・同時・学習)と、知識・技能の習得度(語彙・算数・読み・書き)を測定する。
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- 特徴・メリット
- カウフマンモデル(認知処理過程)とCHCモデル(結晶性・流動性能力)という2つの異なる理論的背景に基づき、検査結果を多角的に解釈できる。
- 非言語性の尺度が含まれており、聴覚障害や言語障害を持つ子どもに対しても、認知能力を妥当に評価することが可能である。
- WISC-Vなど他の検査とバッテリーを組むことで、より詳細なアセスメントが実現できる。
- 実施上の注意点
- どの理論モデルを用いて解釈するかによって、子どもの認知特性の捉え方が異なるため、目的に応じたモデル選択が重要となる。
2-6. ASQ-3 (Ages and Stages Questionnaires, Third Edition)
- 概要
-
- 対象年齢
- 1ヵ月~5歳6ヵ月
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- 実施時間
- 約10~15分
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- 評価領域
- 「コミュニケーション」「粗大運動」「微細運動」「問題解決」「個人-社会」の5領域。
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- 特徴・メリット
- 保護者や養育者が質問紙に回答する形式であり、専門家が不在の場面でも実施が可能。短時間で簡便に行える。
- 実施上の注意点
- ASQ-3はあくまで発達上のリスクを早期に発見するためのスクリーニングツールである。本検査で懸念が示された場合は、Bayley™-III乳幼児発達検査や新版K式発達検査などのより詳細な診断的評価へ繋げることが必須である。
3. まとめ
神経発達症の支援におけるアセスメントは、単一の検査や数値だけで子どもを判断するものではない。本稿で紹介した6つの評価方法をはじめとする各種発達検査は、それぞれに目的や特徴が異なる。対象者の年齢、相談内容、検査の目的に応じて最適なツールを選択し、得られた結果を検査中の行動観察や生活歴と統合して解釈することが、子どもの深い理解と効果的な支援の第一歩となる。
参考資料
- アスペエルデの会『発達障害児者支援とアセスメントに関するガイドライン』2013年 出版:アスペ・エルデの会(厚生労働省 平成 24 年度障害者総合福祉推進事業)
- 柿本多千代ほか, 富山大学医学会誌 22 (1), 28-32, 2012