2021年10月9日、10日に開催された「第53回 日本小児感染症学会総会・学術集会」でのシンポジウム1「COVID-19の出現で、他の感染症の疫学はどのように変わったか」より、今回は、三﨑 貴子先生(川崎市健康安全研究所 企画調整担当部長)が発表された「自治体における患者サーベイランスとCOVID-19による影響」をレポートする。
川崎市におけるサーベイランスの仕組み
川崎市は東京都と横浜市に挟まれた小さな政令市だが、2021年11月1日時点で人口は約154万人と人口密度が高い。交通の利便性が良く、海外からの利用者も含め、非常に人の行き来が多い地域である。
市内にある健康安全研究所は、公衆衛生の向上を目的に全国に83ヵ所設置されている地方衛生研究所(地衛研)の1つである。そのなかに感染症情報センターがあり、他の自治体と同様に感染症の発生動向調査事業を国と一緒に行っている。感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)に基づいて、届出のあった全数把握疾患や定点把握疾患を収集・分析し、関連機関に提供、公開する目的で設置されたものである。
感染症発生動向調査事業では、患者発生サーベイランスと病原体サーベイランスが行われている。患者発生サーベイランスの情報収集の流れは、まず医療機関から該当する感染症の発生届が保健所に届けられる。保健所ではそれらの情報を「NESID」というシステムに入力し、地衛研がエラー等の修正を行ったのちに国に報告する。その後、国から還元された情報と合わせて地域に還元する。一方、病原体サーベイランスは、保健所からの依頼を受けた医療機関が地衛研に病原体検査のための検体を送付する。これらの結果を総合し、医療機関等向けには発生動向を週報として作成し、一般市民向けには感染症情報を啓発ポスターにして毎週、提供している。また、川崎市では感染症情報発信システム(通称 KIDSS)というWebサイトを別途公開しており、より多くの人に感染症情報を知っていただきたいという思いで活動している。
サーベイランスシステムNESIDからHER-SYSへの変化
COVID-19が入ってきて、これまで使用してきた「NESID」とは別にCOVID-19のみを対象とする「HER-SYS」が導入された。
「HER-SYS」においては、従来の「NESID」と同様に保健所による入力も行われているが、医療機関が個別に入力できるような仕組みになっている。複数の手による入力であり、データのクリーニング体制が整備されているわけでもないため、必ずしも正確なデータとはならず、混乱が生じた。
HER-SYS導入による混乱が起こった背景
HER-SYSの入力項目は初期には200以上に及び、全てを入力するのは難しいと判断され、少なくとも発生届における主な記入項目だけを入力するよう運用が変更された。
また、発生届のタブ、記録タブなどの複数にわたるタブに対し、ワクチンの導入やウイルス変異など状況の変化に応じて入力内容が逐次追加され、固定した情報を最初から最後まで取得するという、いわゆるサーベイランスの形態を保つのが難しい状況であった。
そのほか、入力時の年齢は誕生日から自動算出されるが、固定した「診断日の年齢」という項目がないため、情報更新の際には更新日を基準とした年齢に自動変更されてしまう。本来重要である診断日の年齢や疫学週の記載欄がないなど細かな仕様が従来と異なるため、混乱が大きかった。
もともとHER-SYSは医療機関の医師が入力し、IT化されたワンスオンリーの非常に役立つシステムのはずだった。また、各患者さんに対してシステムから自動的にお知らせを送付し、健康管理を行う機能も盛り込まれていたが、HER-SYSの運用開始時期が遅く、すでに川崎市では別のシステムを使用していたため、その機能は未利用の状況となった。
加えて、市内には1,000を超える医療機関があるにもかかわらず、HER-SYSに入力できるIDを保有しているのは、現時点でわずか138ヵ所。入力者を固定できないため精度を担保するのが難しく、日頃から慣れたシステムではないという点から、厳しい状況が続いている。
そうした状況ではあるが、川崎市感染症情報センターではHER-SYSデータのクリーニングを試み発症日別の流行曲線を作成している。また、市の公表データとも突合し、可能な限りクリーニングされた患者数を診断週である疫学週ごとにまとめたものも別途作成している。
二つのデータを重ねて比較すると、PCR検査等が浸透していなかった流行初期には、発症日ごとのピークと疫学週ごとのピークがずれている。検査が普及してからは発症初期に診断が確定するようになったため、二つのデータは概ね一致するようになった。クリーニングされたきれいなデータがあれば、多くの解析をして情報を提供できたのではないかと考えている。
COVID-19による、それ以外の感染症への影響
中国で原因不明の肺炎のクラスターが発生し、ウイルス分離までわずか1週間。SARSのときには5か月かかったと聞いている。この分離から1週間後に、日本で初めての確定例が出て、WHOがPHEIC(国際的な公衆衛生上の脅威となりうる全ての事象)を宣言したのは、中国でのクラスター発生から1か月後という、これまでに類を見ない事態であった。 川崎市におけるCOVID-19による感染症インバウンド・アウトバウンドへの影響を示す。
インフルエンザ
COVID-19報告状況と2014年から現在までの疫学週ごとのデータを「インフルエンザ定点当たりの報告数」と重ねてみたところ、毎年起きていたインフルエンザの流行がなくなり、ほとんど見られない状況が続いている。
麻しん、風しん
2015年に、WHOより日本は麻しん排除国として認定されたが、その後も輸入感染症として国内への持ち込みは続いていた。これが、2020年以降、全く見られていない。風しんも同様に、以前には時おり集団発生があったものの、2020年になってからは発生が激減した。
腸管出血性大腸菌感染症(O111、O157)、E型肝炎
腸管出血性大腸菌感染症についてはCOVID-19発生以前と変わらず、直近でも川崎市内で発症者が出ている。動物由来の食品を原因とするE型肝炎なども数は多くないものの、COVID-19の影響はあまり受けていない。
感染性胃腸炎の定点当たりの報告数は、2020年から少し減少しているが、ゼロになることはなく、2021年に入ってからは少しずつ増加している状況である。
RSウイルス感染症
RSウイルス感染症については、2021年に、全国と同様に川崎市でも非常に大きな流行が起きている。不思議なことにCOVID-19とまったく違った流行の形で、ちょうどCOVID-19の流行のピークが下がったころに急激に上がり、RSウイルスがやや収束したころに、COVID-19の第5波が来た。さまざまな原因が考えられるが、以前から言われているインフルエンザウイルスとRSウイルスの互いの干渉といった生物的なことが、COVID-19との間にも関わっているのかもしれない。
百日咳
非常に少ないものの、ほとんどが成人であり小児は1名のみであった。今後、成人から小児に感染が広がれば、昨年の本学会でも報告されたように、予防接種のための受診を控えたためにワクチン未接種で百日咳に罹患し、重症化するケースも出てくるのではないかと危惧される。
小児の定期接種への影響
前述の百日咳のような事態を避けるため、WHOの西太平洋支部が予防接種「Risk of VPD outbreaks」(ワクチンで防げる疾患のアウトブレイクを防ごう)と呼び掛けている。
実際に、アメリカ・コロラドでは、小児期及び成人青年期の予防接種数がCOVID-19アウトブレイク発生直後に大きく減少しているとの報告もある。
MR(麻しん風しん混合)ワクチン
川崎市においては、聖マリアンナ医科大学病院の勝田 友博先生がまとめてくださったIASR(病原微生物検出情報)があるので、確認してみたい。
川崎市の状況を見ると、MRの1期はわずかに前年度2019年から減少しているが、MRの2期については、前年度の半数近くまで接種本数が減少しており、保護者への啓発が必要ではないかと警告している。
その後、期間を広げて12月までの状況を見ると、2期も接種本数は増加しキャッチアップができていることが判明した。
ヒブ、肺炎球菌、4種混合ワクチン
ヒブ、肺炎球菌、4種混合ワクチンについては、1期は15%程度減少しているが、さらに減少しているのが2月のヒブワクチンである。この原因は、一時的な供給遅延のためであり、COVID-19の影響ではなかった。
4種混合ワクチンの1期初回1回目は、例年よりは微減している。DT2期はCOVID-19流行初期は減少したものの、1年間を通してみると意外と持ち直していることから、まずは乳児期の特に初回にきちんと接種してもらうことが大切だと思われる。
水痘、日本脳炎、B型肝炎ワクチン
水痘ワクチンについては、年間を通してみると1回目が前年の97.3%、2回目は100%を超えていた。日本脳炎とB型肝炎ワクチンは、1回目は前年より少ないものの、2回目、3回目は少しずつ増加していることがわかった。初回を確実に接種することが大切なのではないかと考えている。
日本脳炎ワクチンの2期については、3月、4月に大きく減少したが、全体としては前年の97.1%に留まった。
総括
COVID-19のパンデミックに際し、緊急的にシステムを導入したことで、残念ながら地域のサーベイランスは混乱してしまった。新たなパンデミックが起こる可能性を想定し、今から準備をしていく必要がある。
COVID-19の流行とともに多くの輸入感染症や一部の呼吸器感染症の報告は減少したが、食中毒の原因となるような、動物由来の消化器感染症などの発生は、川崎市においては例年通りであった。一方で、2021年以降、RSウイルス感染症の大きな流行が全国で見られる。今後は他の感染症の流行状況にも変化が出る可能性が予測される。
COVID-19流行の初期には、自粛の影響で、特に乳幼児期の終わりから学童期における定期予防接種数が顕著に低下した。しかし、川崎市においては第2波以降は徐々にキャッチアップできている。やはり初期を対象とする小児の接種を確実に実施し、2回目、3回目を啓発していくことが重要である。インバウンドが今後再増加した際に、定期予防接種の接種率低下を原因とするようなVPDのアウトブレイクを起こすことが決してないよう、引き続き啓発を行っていく必要がある。