学会情報

第52回日本小児感染症学会総会・学術集会

日本の子宮頸がん予防
~産婦人科医師の立場から9価HPVワクチンの話題も含めて~

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2020年11月7日、8日で行われた「第52回日本小児感染症学会総会・学術集会」でのシンポジウム4「HPVワクチンのこれから-女性医師から-」について、今回は横浜市立大学 宮城悦子先生が発表された「日本の子宮頸がん予防~産婦人科医の立場から9価ワクチンの話題も含めて~」についてレポートする。

性交渉の経験がある全ての女性が持つ子宮頸がん発症のリスク

発がん性HPV感染から子宮頸がんへの移行については多くのことが分かっている。若い男女は性的接触によりその多くがHPVに感染するが、約90%はウイルス検出感度以下になる。

女性では10%で感染が持続し、軽度異形成または感染持続の状態になるが、多くは自然に治癒する。その後中度異形成、高度異形成まで進行すると治癒しないものが増え、最終的には遺伝子の変化によって浸潤がんとなる。

感染からがん化には数年から数十年を要し、また浸潤性がんを発症するのは発がん性HPV感染者の1%未満である。

このことを踏まえると、一度でも性交渉の経験がある全ての女性に子宮頸がんのリスクがあり、HPVと子宮頸がんの関連についての啓発は男女どちらに対しても必要だが、そういった啓発を行うことが難しい現状がある。

子宮頸がん予防~世界の動き~

子宮頚がん撲滅に対するWHOの強い決意

WHOは子宮頸がんの排除のための地域レベルでの構造として、2030年までの介入目標として90%の女性が15歳までにHPVワクチン接種を受けること、70%の女性が35歳と45歳の時に確実性の高い子宮頸がん検診を受けること、子宮頸部病変を指摘された90%の女性が治療とケアを受けることの3つを掲げている。

このような介入が成功すれば、現状のワクチン接種と検診に比べ非常に速く子宮頸がん症例数が減っていくと試算されており、2060年には子宮頸がん罹患率を一般にがんの排除基準とされている10万人中4人まで減らすことができると言われている。

WHOは「子宮頸がんを歴史的書物の疾病にする」と宣言しており、全世界的な公衆衛生上の問題として子宮頸がんの排除に強い決意を表明している。

ワクチン接種と検診によって子宮頸がんを減少させている先進国

子宮頸がん予防の世界のトップランナーであるオーストラリアでは、効果的な検診プログラムの導入により2000年には子宮頸がん死亡率が日本を下回った。

2006年には先進的国家的HPVワクチンプログラムを導入し、12歳~13歳女性への学校での定期接種及び13~26歳女性へのキャッチアップ接種を行った。さらに、2012年からは12~13歳の男性への学校でのワクチン接種も行われるようになり、2016年には、14歳から15歳の女性で約8割、男性で7割の接種率を達成した。

現在はどの州でも男女ともに8割以上の高いHPVワクチン接種率を達成している。

また、このようなワクチン接種の浸透に伴い、子宮頸がん検診のあり方も変化した。

HPVテストによるファーストスクリーニングを行い、HPV陽性のみに対して細胞診を行うようになった他、検診間隔を5年に延長し、検診開始年齢を25歳に上げ、検診に来られない人については自己採取のHPV検査オプションも提供した。

こういったドラスティックな検診方法の変更に際し、細胞検査士を含め、教育関係者、医療従事者への教育を積極的に行ったことも重要である。

米国では男性のHPV関連の中咽頭がんの罹患数の増加が問題になっており、女性のみでなく男性のHPV関連がんを減らすために男女ともにワクチン接種の推奨を行っている。

現在では9歳から14歳の男女に対する9価HPVワクチンの2回接種が行われており、接種率は年々向上している。

世界に注目される、子宮頸がん予防 日本の現状

HPVワクチン接種、検診受診率ともに低い日本

日本では現在子宮頸がんの罹患年齢のピークは30~40歳であり、子育てや仕事で忙しい世代、あるいは出産を迎える世代と罹患層が被っている。また、2000年以降は子宮頸がんのため50歳未満で死亡する女性が増えている。

HPVワクチン接種率は日本ではほぼ0の状態が続いており、検診受診率も4割程度と低く、常にOECD加盟国の下から5番目程度である。

特に20代の受診率が20%代で低迷していることが問題となっている。世界的に見れば非常に特異的な状況であるといえ、世界が日本の子宮頸がん対策に注目している。

尚、世界全体では子宮頸がんは罹患者の半分程度が死亡するとされているが、日本では世界と比較して罹患率は同程度だが死亡率は極めて低く、日本の医療体制が充実していることを示唆している。

YOKOHAMA HPV PROJECT

HPVと子宮頸がんを取り巻く状況をわかりやすく発信するためには

本プロジェクトは、日本でHPVワクチンや子宮頸がん予防の世界情勢を知る機会が少ないことを危惧し、様々な年代の男女にHPVについて関心を持ってもらうことを目指して作成されたウェブサイト(http://kanagawacc.jp/)である。論文発表された最新の重要な情報を平易な言葉でわかりやすく解説している。

コンテンツの例として、日本と同様副反応が問題になりワクチン接種率が著しく低下したアイルランドのデータがある。

アイルランドでは医療従事者、政治家、行政、教育者などがワクチン接種の安全性と有用性を告知したことで接種率が回復した。

また、日本のデータとして、がん検診の結果とワクチンの効果についてもまとめている。現在HPVワクチン接種率が高い1995年から1999年生まれの女性が子宮頸がん検診を受けており、これらの女性について初回性交渉前にワクチンを接種していた場合はHPV16・18型の感染率が極めて少ないこと、クロスプロテクションの効果が期待される31・45・52型の感染率も低下していることが報告されている。

オーストラリアでは、2025年には子宮頸がんの罹患率が10万人中4人以下になると試算されており、WHOの試算より早く子宮頸がんを希少がんにすることができると考えられる。

9価ワクチンを全員に接種し、女性が5年ごとにHPV検診を受けることで死亡率も将来的に0に近づいていくとしている。

スウェーデンの最新の報告では、10歳から16歳でHPVワクチンの接種を受けた女性では浸潤性子宮頸がんが88%減少したと報告されており、世界的に見てもインパクトのある報告となっている。

HPV ワクチン接種と浸潤性子宮頸がんのリスク低下~スウェーデンからの最新情報~http://kanagawacc.jp/vaccine-wr/338/

子宮頸がん予防のこれから

ワクチン接種と副反応の関連はあったのか

HPVワクチン接種対象の思春期男女に起こりうる機能性身体症状の適切なマネージメントについて考える。「YOKOHAMA HPV PROJECT」でも報告している名古屋スタディーでは、報道されているようなワクチン接種後の様々な症状は、ワクチン接種とは明らかな関連性が認められなかったとしている。

厚生労働科学研究班の報告では、HPVワクチン未接種でもワクチン接種後に見られたような慢性疼痛や運動障害などの症状を示す人が一定数存在したと結論づけた。

少しずつ変化するワクチン接種に対する日本政府の姿勢

昨年11月には、衆議院議員からの質問として、まだ定期接種となっているHPVワクチンが積極的勧奨とならないよう留意する、という国の勧告の効力についての質問主意書が提出された。

内閣総理大臣の名前で出された答弁書では、内容や方法については市町村長に一定の裁量があるが、予防接種法の趣旨を踏まえて勧奨を実施する必要があるとされている。ここから大きな流れが起きることも期待されたが、新型コロナウイルス感染症の流行により、この答弁書が話題になることはほとんどなかった。

最近の大きな動きとしては、厚生労働省健康局健康課長より、各自治体に対し定期接種であることを対象者に伝えるようにという通達があった。

この通達とともに今まで非常にわかりづらく、またネガティブな印象を与えていたワクチンに関するリーフレットの改訂も進んでいる。しかし、2013年からの接種勧奨差し控えが撤廃されたわけではない。

日本でも承認された強力な9価HPVワクチン

世界のほとんどの先進国で承認され、男女への定期接種化が進む9価HPVワクチンが、ついに日本でも2020年7月に承認された。

9価ワクチンには非常に高い子宮頚がん予防効果が期待され、これまでカバーされていなかった31・33・45・52・58型もカバーすることにより、子宮頸部の前がん病変及び子宮頸がんを併せて95%以上の減少が見込まれている。

子宮頸がんの撲滅のためには必須のアイテムであるといえるが、日本では現在まだ流通や接種開始、定期接種化の目途は立っていない。

9価ワクチンでは局所の副反応の発生率も高いとされているため、正しい筋肉注射の方法などの普及も大切であると考えられる。

接種開始後は任意接種で5000例の全例調査を行う予定である。しかし、この9価ワクチンの接種開始を待つことにより現在無料で接種可能な2価・4価のワクチンの接種控えが起きないような情報告知を行うことが重要であると考えられる。

先進国の一員として、子宮頸がん予防のためにすべきこと

予防できるがん、特に子宮頸がんについてHPV感染リスクを含めて男女共に継続的な教育・啓発を行う必要性があると考えられる。

罹患率・死亡率を減少させる精度管理がなされた子宮頸がん検診とHPVワクチン接種率向上に向けて、国際的な科学的エビデンスを踏まえ、我々専門家集団が日本の新たな子宮頸がん予防へのイニシアチブをとるべきである。

重要な科学的情報をわかりやすく一般市民・メディアの皆様に伝達できるよう、有効なストラテジー開発が必須である。

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