学会情報

第124回日本小児科学会学術集会

HPVワクチン啓発のキーパーソンは小児科医である

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2021年4月16~18日で行われた「第124回日本小児科学会学術集会」において発表された、一般社団法人「HPVについての情報を広く発信する会」(「みんパピ!」)による共済セミナー「HPVワクチン啓発のキーパーソンは小児科医である」についてレポートする。

本講演では、HPVワクチンおよび接種後の副反応について、そしてHPVワクチン啓発における小児科医の役割について、以下3部構成で発表があった。

社会行動科学の知見を取り入れたHPVワクチン啓発の効果(大阪母子医療センター 新生児科 今西 洋介 先生)

子宮頸がんの概要とヒトパピローマウイルス(HPV)

子宮頸がんの罹患者は20-40代が大半で、日本において子宮頸がんで亡くなる患者は年間3,000人。命が助かっても治療のために子宮摘出が行われ、女性の Reproductive Healthにおいて非常に重要な疾患になっている。

子宮頸がんの発症には、ヒトパピローマウイルス(HPV)が関与しており、HPV感染を予防するのが一次予防であるHPVワクチンである。二次予防が子宮頸がん検診で、軽度異形成以降のものを抽出し、早期発見に努めている。

HPVワクチンの発症予防効果

HPVワクチンによる子宮頸がんの発症予防効果については、スウェーデンの全国民レジストリ(167万人)を用いた疫学研究より、浸潤がんの予防効果は63%、17歳までに接種した場合の浸潤がんの予防効果が88%であるという研究結果が、2020年The New England Journal of Medicineに発表されている。

オーストラリアでは、早期から男性も含めたHPVワクチンの接種を取り入れており、患者数が減少して2028年には子宮頸がんが撲滅できる見込みである。

なお、HPV感染は、子宮頸がんだけでなく、中咽頭がん、肛門がん、陰茎がん、膣がん、外陰がんの原因にもなる。

日本におけるHPVワクチンの経緯

日本での2価ワクチンが承認は2009年。2011年には4価ワクチンが承認され、2013年4月に定期接種化が始まったが、2013年3月ごろよりHPVワクチンの重い副反応についての過熱報道があり、2013年6月、厚生労働省により積極的接種勧奨の差し控えを決定されたのち、いまだに勧奨は再開されていない。

現在、日本のHPVワクチンの接種率は0.6%であり、欧米諸国と比較すると日本の接種率は相当低い。

現状と同様接種率が1%未満の状況が続くと、年間5,000人以上が死亡すると考えられている。例えば、2020年の接種率が接種勧奨差し控え以前の水準である75%に戻ると、年間2,600人以上の女性が助かると推計されている。

HPVワクチンの安全性

HPVワクチンの安全性に関するエビデンスは蓄積されてきている。「名古屋スタディ」では、HPVワクチン接種群とプラセボ群で重篤な有害事象に差がないということが明確なエビデンスとして示されている。

しかし、厚生労働省からの接種の積極的勧奨の再開はないままである。

世界中の公衆衛生学者に注目される日本と、「みんパピ!」のスタート

日本のこのような状況は、皮肉にも世界中の公衆衛生の学者に注目されることとなった。

ハーバード大学やジョンズホプキンズ大学などに在籍中の公衆衛生の先生や、行動科学の専門家の先生からアプローチがあり、国内外の小児科医・産婦人科医などの多分野の専門家10名でHPVワクチン啓発活動を行うプロジェクト「みんパピ!」を、一般社団法人として開始し、2020年8月にクラウドファンディングにて、約2,600万円の支援を受けることができた。

「みんパピ!」は、ワクチンを推奨するのではなく、今あるエビデンスをわかりやすく伝えることを目的としており、医療者および一般の方(接種者)、学校教員への啓発をさまざまな形で行っている。

HPVワクチン啓発において、小児科医がキーパーソンである理由

10代の予防接種で大事なものとして、2種混合、日本脳炎の4期、そしてHPVワクチンの3つがあるが、乳幼児期のワクチン接種から期間が空くため啓発タイミングが難しい。

厚生労働省が行った、「HPVワクチンの情報に関して小学校6年生から高校1年生までの女性が、予防接種の際に誰の意見を参考にするか」というアンケートでは、最多は母親で、二番目にかかりつけ医である。

HPVワクチン啓発には、インターネット上に広がる「ワクチンは危ない」という情報と、医療機関の窓口で「積極的に接種をしていない」と言われる場合がある、という2つの壁がある。かかりつけ医としてできることを考える必要がある。

HPVワクチン啓発に小児科医が重要である理由としては、1つは定期接種の対象である小学校6年生から高校1年生(15歳未満)は、小児科医が対応する年代であること、2つ目に小児科医は予防接種に慣れていること、そして3つ目として保護者・児との間に産まれたときからの関係性が構築されていることも強みであると考えられる。

小児科医のHPVワクチンに対する意識

大阪小児科医会は、2020年に小児科医のHPVワクチンに関する意識調査を行っている。

接種に不安を感じる小児科医は35%存在したが、家族に接種対象者がいた場合には8割が接種を勧めるという結果だった。

小児科医はワクチンの効果を認めつつも、患者への接種に不安を感じているのが現状であるといえる。

不安の具体的な内容として、注射部位の局所症状への不安も見られるが、最も多いのはメディアで繰り返し報道された多様な症状に対する不安であり、説明が難しいために現場でも苦慮していることが調査結果に反映されている。

まとめ

HPVワクチンは子宮頸がんの発症予防に有効であるが、副反応の過熱報道を受けた厚労省の接種積極的勧奨の差し控えを受け、日本のワクチン接種率は低いままである。

こういった現状に対し、ワクチンの啓発において小児科医が中心的な役割を果たすべきであるが、接種後の様々な症状に対する不安などから、小児科医の間でも接種に不安を覚えるものが一定数いるのが現状である。

HPVワクチン接種後の自律神経症状と疼痛を改めて考える(関西医科大学小児科学講座 石崎 優子 先生)

石崎先生からは、HPVワクチン接種後の有害事象HANS(HPVワクチン関連神経免疫症候群)、起立性調節障害(OD)、体位性頻脈症候群(POTS)、それぞれについて詳細なエビデンスを交えた発表があった。

HPVワクチン接種後の有害事象

ワクチン接種の有害事象には以下のようなものがあると考えられる。

  • ・ワクチンの製品に関するもの
  • ・ワクチンの品質の欠陥に対するもの
  • ・予防接種過誤に関するもの
  • ・予防接種の不安に関するもの
  • ・副反応ではない紛れ込み現象
  • ・ワクチンの副反応に引き続いて起こる二次的な症状の紛れ込み

HPVワクチン接種後の有害事象をHPVワクチンに起因すると考える研究者はHANS(HPVワクチン関連神経免疫症候群)を提唱した。HANSはHPVワクチン接種後、症状出現までの期間は問わないこととなっている。大基準としては痛み、関節痛、疲労、神経症状、感覚・情動の異常、脳画像の異常などもある。小基準には月経異常や自律神経症状などがあり、多彩な症状が基準に含まれている。

倉根一郎先生は反応が神経学的疾患、中毒、心身の反応や機能性身体症状によるものの可能性を述べた。

奥山信彦先生は「HPVワクチン接種後の慢性疼痛と多様な症状は、『ワクチン接種が契機となった可能性はあるが、因果関係は不明』とした上で、小児のComplex regional pain syndrome(CRPS)を含めた慢性疼痛や身体症状に解離状態が合併した、つまり厚労省の説明する機能性身体症状として診察が組み立てられるべき」としており、これがHANSの症状の説明として妥当であると考えられる。

更に奥山先生はこういった症状の診療体制として、痛みをきっかけとして多様な症状が出る可能性があること、そして、ワクチンの接種との因果関係は現時点で認められていないという重要な2つの事項について説明を行い、認知行動療法と運動療法、そして痛みに対しては薬物療法を行うことを推奨している。

機能性身体症状

機能性身体症状は知覚と運動の解離症状と自律神経症状からなる。

自律神経症状は体の症状であり、機能性身体症の例としては線維筋痛症、慢性疲労症候群、機能性胃腸症、過敏性腸症候群などが挙げられる。機能性身体症状はストレスに関連する身体症状であるとして、精神科疾患、心の問題、あるいはヒステリーと捉えられることも多いが、実際はそうとは限らない。

かつては機能性身体症状などをまとめて自律神経失調症と呼んでいたが、心療内科の医師は機能性身体疾患、精神科の医師は気分障害や身体表現性障害と捉えることがあった。同じ患者でも科によって捉え方が違うことから複数の病名がついており、またこれらの概念は心理社会的ストレスで修飾されていると捉えられている。

起立性調節障害(OD)、体位性頻脈症候群(POTS)、起立不耐性(OI)、deconditioning

海外では起立性調節障害(OD)という言葉はあまり使われず、体位性頻脈症候群(POTS)や起立性低血圧といった言葉が使われる。日本のODに近い言葉は起立不耐性(OI)であり、ドイツの本態性低血圧はPOTSと同じ概念であるとしている先生もいる。日本小児心身医学会のガイドラインでは、POTSはODのサブタイプであるとされている。

OD(起立性調節障害)

小児心身医療学会のガイドラインの診断基準では、ODの症状として、朝起き不良、朝の食欲不振、全身倦怠感、頭痛、立っていると気分が悪い、立ちくらみ、そのほかに慢性疲労や気分不良、動悸、寝つきが悪い、成績低下、イライラ、腹痛などを挙げている。
HPVワクチンの副反応があったとされる67例の症状にも、これらと共通するものが多くみられる。

HANSの痛み以外の症状はODで説明がつくと考えられる。

体位性頻脈症候群(POTS)

日本の小児科におけるPOTSは、ODのサブタイプとされている。起立時の血圧低下を伴わない頻脈とふらつき、倦怠感、頭痛などの症状が認められ、起立時の心拍が115以上とされている。小児科医は脈拍変動のパターンのみでPOTSを捉えがちであると類推される。

一方、神経内科では、「立位による下肢への血流うっ滞と脳血流の低下に伴い、動悸、ふらつき、全身倦怠感、呼吸困難、過換気、めまい、眼前暗黒、発汗、顔面紅潮、悪心、振戦、パニック、四肢特に下肢チアノーゼなどの症状が出る」など、全身症状を含めてPOTSを定義している。これらの症状はHANSの症状と酷似している。

また、海外のPOTSに関するreviewでも、心血管系、全身症状、神経症状、筋骨格系の症状、消化器症状、呼吸器症状、泌尿器系の症状や皮膚症状も出るとされており、海外ではPOTSは脈拍の変化だけでなく全身に様々な症状が出現する疾患として捉えられている。
mental clouding、brain fogといった精神症状も含まれる。POTSと実行機能、認知機能に関する報告も多く、その原因としては脳血流の低下が考えられる。

POTS患者の50%は疲労感を訴えるほか、慢性疲労患者の30~50%はODを呈し、その中でもPOTSが多い。また、線維筋痛症患者の70%以上が慢性疲労症候群の診断基準を満たしており、これらの疾患はオーバーラップする部分が大きいと考えられる。

POTS、慢性疲労症候群、線維筋痛症に共通する病態としては、deconditioningと身体感覚に関する過敏性があると考えられている。身体感覚過敏性とは、通常の身体感覚を健常人より強く不快なものとして報告する傾向のことである。Deconditioningについては以下で詳しく述べる。

不活動とdeconditioning

Deconditioningとは、身体の不活動により引き起こされる筋、骨格、循環、呼吸機能などの身体機能の変化のことである。
また、若年層でもdeconditioningは起きうるとされ、例えば北米では「ロックダウンに伴うdeconditioning」という論文が発表されていた。

不活動とdeconditioningの相関を示す典型的な実験として、ベッドレスト実験がある。宇宙滞在に向け、微小重力の人体への影響を調べる目的で行われるもので、健康な若年成人を頭を6度下げた状態で20日間寝たきりにする。

寝たきりにすると、筋力の低下や起立耐性の低下、インスリン感受性の低下やうつ、不安傾向、睡眠障害などが見られた。また、健康成人12名を10日間寝たきりにさせると、10名にOIが出現し、POTSの症状を呈するようになった。このように、不活動が起立耐性に大きな影響を与える。このことは1990年代には米国で提唱されていた。1990年代にOI・ODが流行したが、その時代の青年の生活リズムの変化が関与しているとされ、不活動がOIを生じさせるとされた。

なお、POTSとdeconditioningは同一の概念、あるいは別の概念、併存概念であるなど諸説ある。

不活動と疼痛

不活動は疼痛を引き起こすと考えられている。

不活動による痛みのモデルを2つ紹介する。1つは、fear-avoidance modelであり、固定、術後安静、寝たきりなどによる不動が神経系の感作を惹起し、疼痛を持続させるというものである。もう1つがexercise-induced hyperalgesia modelであり、疼痛が生じることで疼痛認知・情動・運動恐怖から行動回避が起き、運動量が減ることで運動耐用能が低下し、運動による痛覚過敏が生じるというものである。

これらのモデルを使うと、ワクチン接種の痛みから始まるカスケードは、HPVワクチンの痛みからの不活動によるdeconditioning、あるいはexercise-induced hyperalgesiaを介し多様な症状が出現しているものとして捉えられる。痛みが続くとうつや不安が生じることも考えられる。

また、CRPSという病態概念がある。骨折や外傷のあとにアロディニア、痛覚過敏やチアノーゼなどHANSで見られるような症状がみられる症候群である。

更に、WHOの提唱したimmunization stress-related responses(ISRR)という概念がある。

ワクチン接種への反応として失神、解離や過換気があるが、これらは接種との因果関係はないとしている。また、ISRRは個人にも集団にも起こるとされている。更に、ISRRのマネジメントにおいて、接種プログラムに対する誤解がないようにすることが必要であるとしている。その点は「みんパピ!」の活動に託されている部分だと考えられる。

HPVワクチン後の症状の治療

治療としては、非薬物療法として運動療法が挙げられる。POTS、線維筋痛症や慢性疲労症候群のいずれにも有効であると考えられるし、OIに対しての運動療法の有効性は論文でも示されている。

まとめ

HPVワクチン接種後の有害事象の多くは、POTSなどの紛れ込みに加えて、不活動によるdeconditioning、exercise-induced hyperalgesia、ISRR、更なる二次障害で説明される。

接種後の有害事象の予防・治療には適切な運動が重要である。

小児科医がワクチン接種後の多彩な症状の出現機序も含め、HPVワクチンに対する正しい知識を持ち、接種者へ安全性と意義について説明することで、子宮頸がん予防の旗手となることが望まれる。

「みんパピ!」のHPVワクチン啓発の活動について(大阪母子医療センター 新生児科 今西 洋介 先生)

HPVワクチンの安全性を啓発するためのフライヤーと、母親の接種決定に与えた影響

「みんパピ!」では、小児科医向けにHPVワクチンの安全性を啓発するためのフライヤーを作成し、これまでに全国420施設に約7万枚を無料配布した。小児科の施設だけで230施設で活用していただいている。

このフライヤーが母親の接種決定に与えた影響について公衆衛生、行動科学の先生方と共同研究を行った。

啓発フライヤーを受け取った小児科医から説明をうけた母親を対象に質問票を用いて調査を行い、「受けるつもりがなかったが接種を決めた」者が101名、「接種を決意しなかった」者が60名であった。多変量解析では、リーフレットの満足度、特に副反応の説明が母親の接種決定因子に大きく寄与したと考えられている。

まとめ

HPVワクチン啓発において小児科医はキーパーソンであり、特に副反応の解説に重点を置いたフライヤーが母親の接種決定に効果的であった。

ワクチンの啓発においては、接種を強く勧めるのではなく、エビデンスをわかりやすく伝え、まずワクチンについて正しい知識を知ってもらうことを目的とした活動が重要である。

Growth Ring事務局医学生スタッフコメント

HPVワクチンの有効性は明らかであるが、日本では依然として接種が進んでおらず、こういった現状をいかに打破していくかが重要な課題となっています。その中で、小児科医が中心的役割を担うべきであるという視点は大変重要であると感じました。また、「みんパピ!」の活動のように、接種対象となる層に直接働きかけることができるような活動は大変重要であり、さらに、活動するだけでなくその有効性も検証しているという点に感銘を受けました。

ワクチン接種後の様々な症状は、接種に関係がないというエビデンスが示されているものの、では具体的にどのような機序で発生しているものなのか、ということについては腑に落ちないところがあったので、今回このような形でまとめていただいて大変勉強になりました。小児科医ではなくても、身近にワクチン接種を迷っている人がいれば自分がワクチンについて説明できるようにしておきたいと強く感じました。

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